岩手のすみれ
生まれてから高等学校を卒業するまで住んだ岩手です。ただ、確かにその頃でも植物好きでしたが、最も興味があったのは百合でした。百合の交配に関する書籍を読んで、改めて根気の要る作業であることを知って驚嘆したものでした。でも、今思えば、その当時からすみれにも興味があったなら、たくさんの写真を撮影していただろうなぁと、少し悔やまれます。何しろ、4歳の頃からカメラをいじくっていたのです(笑)。
姉が岩手日報社の「岩手のスミレ」を持っていました。それを譲り受けて読みあさっていました。この書籍は岩手大学の菊地政雄教授
が耕した畑で育った成果なのでしょう。この書籍の情報をベースに岩手県内を二度旅してみました。しっかりした調査に基づく記載であることがよく分かりました。
(2008/09/10)
「岩手県植物誌」の記載を確認して、情報の出典が明らかでなかったアイヌタチツボスミレの自生記録を確認することができました。オオバタチツボスミレについて、唯一の自生地が岩洞ダムの一分になって水没したと記載されていますが、現在でも絶滅危惧種とされており、絶滅と扱われていないので確認を要するようです。アリアケスミレがスミレとシロバナスミレ(シロスミレ)の交雑種と明記されており、シハイスミレとマキノスミレが全くの別種扱いとなっている点についても同様ですが、昭和40年代後半の書籍としても知見が微妙である印象が拭えない感じです。オクタマスミレやスワスミレの記載もあり、一度、岩手でも出逢ってみたいものだと感じます。
(2011/11/06)
シハイスミレの自生地に疑問符を付していましたが、「岩手県立博物館だより№139(2013年12月)」には、武田眞一氏が採集・寄贈した標本により、釜石市で「50年ぶりにシハイスミレ再発見された」と記載されています。
(2021/05/14)
書籍上、表現が不確かな種に関しては除外し、変種や品種については主要なもののみを選びました 〇=自生確認
記号 |
参考資料 |
著者、編者 |
発行/出版 |
発行 |
A) |
岩手のスミレ |
片山千賀志、伊藤正逸(共著) |
岩手日報社 |
1993年4月10日 |
B) |
岩手県植物誌 |
岩手県植物の会 |
岩手県教育委員会 |
1970年9月1日 |
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【参考:気象統計情報】 盛岡市の例 (総務省統計局資料を利用) |
概説
岩手大学の菊地政雄教授
による『岩手縣のスミレ(1950年)』の冒頭に和川仲治郎氏(1879-1943、忠治郎と記す)による「確かな資料」に記載されたスミレが紹介されます。その確かな資料とは『江刺群植物分類(江刺群誌付録)』です。和川は明治12(1879)年10月14日、岩手県江刺郡伊手の生まれたとの記録があり、熱心な岩手県産の高等植物の採集家として知られ、牧野富太郎氏
などと密接な交流があったと伝わっています。また、粘菌等の研究で知られる南方熊楠氏が、東宮御所に出頭して変形菌90種を進献した際の変形菌標本採集者の一人としても記録されています。
小野寺弘氏は「和川標本録に寄せて(1973)」で、和川は「明治、大正、昭和の三代にわたって、小学校教育に生涯を捧げると共に、植物学の研究にうちこまれた江刺市伊手の人、和川仲次郎先生のぼう大な植物標本が、永く埋もれてあったものを、今回その中から2700余点を江刺市教材センター運営委員の方々の協力で、同センターの運営委員長であり、市の理科教育研究会長の中田剛伊手中学校長先生が、教育100年記念事業として、その整理をはじめられ、その一部としてこの『和川標本録』をまとめられた」と記しているそうです。
その『江刺群植物分類(1925、江刺群誌付録)』が見つかりました(下の右側)。『岩手縣のスミレ(左側)』記載種の並び方も一致しています。
- 岩手縣のスミレ(岩手大学・菊地政雄)
- 江刺群植物分類(江刺群誌付録)
各地のすみれ 掲載種について
「各地のすみれ」に掲載しております自生種などの情報は、ご覧いただければ一目瞭然ですが、収集した植物誌など、参考資料の記載内容を紹介しているものです。こうした参考資料は、一般に、県や市などの地方自治体や教育機関、地方の博物館や植物学会、研究団体(個人を含む)などが情報収集の上、編集したケースが多いと認識されます。
それらの参考資料が編集された時期、目的や経緯、情報収集や編集をされた方々の属性はいろいろですので、一貫性は期待できません。また、ご承知の通り、植物分類学の世界でも学術的知見が変わり続けていますので、編纂時期によって種の名称や表現が変わっているのは、むしろ、当然と言えます。
編集者の属性も千差万別であり、正直なところ「ちょっと怪しい」情報も、まぁまぁ存在しています。スミレ科に関する限り、このサイトに訪問されている方々の方が、よりディープな知識をお持ちである場合も多いことでしょう。
「ちょっと怪しい」を超えて、「明らかに外来種である」とか、「これは歴史的に変更された事実がある」、もしくは「単純ミス」などというケースに対しては、それなりの注釈を付けています。
こうした状況を踏まえて、ご意見や情報をいただくこともありますが、全く踏まえていただけず(笑)、『間違いが多いから直せ』といったアドバイスをいただくこともありました。しかしながら、これらの情報は、日本に植物分類学が定着を始めた頃から現在に至る、歴史的側面を含む「記載事実」ですから、皆様からの投稿で作り変えるといった性質もしくは対象ではありませんね。それは、明らかに編者各位にも歴史に対しても失礼な態度ではないでしょうか。
現在、私たちが持っている知識は、こうした試行錯誤も含む歴史の積み重ねの上に成り立っているものです。その知識でさえ、来年には変わってしまうかも知れません。悪しからず、ご了承いただくべき性質だと考えて、簡単な補足を施させていただくものです。ぜひ、ご理解下さい。